日本のアニメはアートだった|海外へ行って日本のアニメを観るようになった話

屋上

「日本のアニメはアート」

ニュージーランドで出会った、ジブリを愛してやまないフランス人女性に気付かされた言葉です。

わたしはもともとアニメをほとんど見ない人間でした。

ちゃんと見ていたのは『攻殻機動隊』くらいで、東京へ行っても秋葉原は素通り。

街中やテレビでアニメの広告を見ても、自分とは関係のないただの風景にしかうつりませんでした。

そんなわたしが

今ではいろいろなアニメを見るようになり

いつか秋葉原にも行ってみたいと思っています。

きっかけになったのはオーストラリア、カナダ、ニュージーランドで出会った、日本のアニメが大好きな外国人たち、とくにフランス人の方々でした。

「日本語がわかるのにアニメを見ないなんてもったいない」

何度もそんなことを言われるうちに

「もしかしてずっと損していたのか?」

と思うようになりました。

今回は、海外へ出たことで逆に日本のアニメを見るようになったわたしの体験についてお話しします。

日本にいる時、アニメはまるで異国の文化だった

わたしはもともとアニメをよく見るタイプではありませんでした。

初めてちゃんと続けて見たアニメは中学生のころに偶然見つけた『攻殻機動隊』です。

当時、家ではBSかなにかのサービスで複数のチャンネルを見ることができ、その中にアニマックスがありました。

そこでたまたま『攻殻機動隊』を見つけてなんとなく見始めたのがきっかけです。

「ストーリーのここが好きだった」とか

「このキャラが好き」とか

明確に「ここが好き!」という部分があったわけではないのですが、なんとなく独特な世界観が好きでそのまま見続けていました。

ただ不思議なことに、それをきっかけに他のアニメも見てみようとは思いませんでした。

なのでちゃんとストーリーを追って見ていたのは『攻殻機動隊』だけ。

ほかに見るとすれば、たまに金曜ロードショーなどで放送されるジブリ作品くらいでした。

そのため日本のアニメ文化は日本に住んでいるわたしにとってほとんど違う国の文化でした。

「たぶんこの人生で熱中することはないだろうな」

それくらいアニメはわたしの生活とは離れた存在でした。

オーストラリアで知った日本アニメの人気

オーストラリア・カブルチャーにて撮影

わたしが日本のアニメを少しずつ見るようになった最初のきっかけは、オーストラリアで出会ったフランス人の男の子でした。

当時わたしはワーキングホリデーでオーストラリアに滞在していて、バックパッカーズという安宿に泊まっていました。

ある日、共有キッチンで料理をしていると、そこで仲良くなったフランス人の子とジブリの話になりました。

彼はとにかくジブリが大好きで

「宮崎駿は天才すぎる」

と、かなり熱く語っていました。

わたしもジブリ作品は好きだったので、しばらく一緒に作品の話をしていました。

ところが、そこから彼は当然のようにドラゴンボールの話へ移ります。

「ユバアバとゼニイバの戦いがなかったのは、フリーザをベジータじゃなくて悟空が倒しちゃったくらい残念だったよ」

「ごめんドラゴンボールはよく知らないなあ」

そう伝えると

「No way」

と言いながら片手を頭の上に置いてそのまま固まってしまいました。

海外ドラマで見るようなリアクションでした(笑)

彼はそのまま焦ったように

「えっ、ワンピースは? ナルトは見たでしょ?」

と聞いてきます。

「ワンピースも分からないなあ。ナルトなら中忍試験あたりは、なんとなく覚えてるけど」

そう答えると、彼はできあがった料理を静かにテーブルへ運び、座りました。

そして首を横に振りながら

「君は損をしている」

とはっきり言いました(笑)

そんな大げさな、と思っていたのですが、その後も一緒にご飯を食べながら

「せめて有名なアニメくらいは見た方がいい!」

と、いろいろな作品について熱心に教えてくれました。

しかも似たようなことを言ってくる外国人は彼だけではありませんでした。

オーストラリアで出会ったほかの人たちからも、日本のアニメについて話を振られることが何度かありました。

日本に住んでいるのに自分より外国人の方が日本のアニメに詳しい。

その状況が不思議でした。

「そんなに言うなら一回ちゃんと見てみようかな」

そう思い、オーストラリアから帰国したあと、わたしは『ワンピース』を見始めました。

ワンピースがカナダ生活の伴走者になった

カナダ・ノバスコシア州ルーネンバーグにて撮影

『ワンピース』を見始めてから、わたしは少しずつ作品の見方が変わっていきました。

もともとわたしは洋楽や洋画が好きで、ワーキングホリデーへ行った理由のひとつも

「英語がもっとできるようになって、洋画を字幕なしで見たり洋楽をもっと深く理解したい」

というものでした。

そのためオーストラリアへ行ったあとも、

次はカナダ

その次はニュージーランド

と、英語をもっと伸ばしたくて海外生活を続けていきました。

そんな自分の状況と『ワンピース』のルフィたちの旅を、だんだん重ねて見るようになりました。

ルフィたちは海賊王を目指して

いろいろな島へ行き

そのたびに新しい人と出会い

経験を積みながら少しずつ強くなっていきます。

規模はまったく違いますが

「自分もオーストラリアへ行って、その次はカナダへ行って、少しずつ英語を強くしている」

と思うことがありました。

わたしは『ワンピース』を一気に見るのではなく、1週間に1話くらいのペースで見ることも多かったです。

その週に自分が経験したことや、うまくいかなかったことを振り返りながら見ると、ただのアニメというより、自分の生活と並んで進んでいる物語のように感じるようになりました。

それがちょっとしたモチベーションにもなっていました。

そして物語の中で、ルフィたちが2年間の修行を終え、シャボンディ諸島から再び旅立つところまで見たころで、わたしも次の目的地であるカナダへ渡りました。

カナダではノバスコシア州という地域で自動車整備士として約1年間生活しました。

この1年では日本語をほぼ話さない生活を送っていました。

日本語を話さない生活にはそれなりの苦しさもありましたが、それを乗り越えた結果、英語が大きく上達した実感がありました。

乗り越える時、ワンピースは一つの心の支えにすらなっていました。

そのワーキングホリデーが終わるころ、今度はそのままニュージーランドへ行くことを決めます。

ニュージーランドへ渡る前に、ワーホリ中に貯めたお金でカナダ国内を旅行しました。

トロントやナイアガラの滝、エドモントンなど様々な場所を巡りました。

ナイアガラの滝を見ながら『ワンピース』の壮大な感じのBGMを聴いて、ひとりで勝手に鳥肌を立てたりもしていました(笑)

ジャスパーという地域にも、オーロラを見るために1週間ほど滞在しました。

そこで複数のフランス人グループと仲良くなり、その中には『ワンピース』が大好きな人たちもいました。

今度はわたしも作品を見ていたので、登場人物や物語の考察について一緒に話すことができました。

フランスやヨーロッパの歴史や文化に詳しい彼らの視点から話を聞くと

「そんな見方もあるのか」

と自分だけでは気づかなかった部分もたくさんありました。

オーストラリア後に見始めた『ワンピース』。

それが自分の海外生活と一緒に進む物語になり、さらにカナダで人とつながるきっかけにもなっていました。

アニメを見始めただけで自分の世界が少し広がっていました。

ニュージーランドで出会った新しい見方「日本のアニメはアート」

ニュージーランド・カイコウラの海辺にて撮影

カナダでのワーキングホリデーを終えたあと、わたしはそのままニュージーランドへ渡りました。

ニュージーランドではいろいろな町を転々としていたのですが、ウェリントンのホステルに滞在していたとき、ジブリが大好きなフランス人女性と出会いました。

そのほかにもイタリア人男性2人、日本人女性1人とグループで仲良くなり、夜になるとみんなでジブリ作品を見ることがよくありました。

イタリア人の2人にも分かるように音声も字幕も英語で見ていました。

そんなとき、そのフランス人女性が

「日本語でジブリを見られるのうらやましい」

と言っていました。

わたしにとって日本語でアニメを見ることはあまりにも当たり前にできることです。

でも彼女からすると、作品が生まれた言葉のまま楽しめること自体が、とても恵まれたことだったんだと思います。

ある夜、彼女がひとりで本を読んでいたので少し話をしました。

オーストラリアでフランス人にアニメを勧められて『ワンピース』を見るようになったこと。

カナダでも日本のアニメが好きなフランス人に何人も出会ったこと。

そして

「フランス人って日本のアニメが好きな人が多い気がするんだけど、なんでなんだろう」

なんとなく気になっていたことも聞いてみました。

すると彼女は

「日本のアニメはアート性が強いからよ」

というようなことを言いました。

その言葉を聞いた瞬間、わたしの中でちょっとしたアハ体験が起きました。

「そうか。アニメってアートとして見ることもできるのか」

それまでのわたしにとって、アニメはあくまで

「アニメ」

というひとつのジャンルでした。

なんとなく独立したジャンルとして見ていました。

でも

「アート」

という視点で考えてみると急に見え方が変わりました。

キャラクターの描き方。

音楽。

世界観。

ストーリー。

ひとつの作品を作るためにいろいろな表現が組み合わさっています。

そう考えると

「日本のアニメは日本から生まれたひとつのアートなんだ」

と思えるようになりました。

わたしはアートに詳しいわけではなく、フランスがどれほど芸術を大切にしている国なのかもよく知りません。

ただ、そういえばパリにはルーヴル美術館があったり、ファッションの街としても有名だったきがします。

そう考えると、彼女が日本のアニメを「アート」として見ていたことも、なんとなく腑に落ちる気がしました。

海外へ行って新しい文化を知ろうとしていたわたしが、外国人から日本文化の見方を教えてもらう。

不思議な話ですが、この言葉は、その後わたしがいろいろなアニメを見るようになる大きなきっかけになりました。

わたしの「普通」は、彼にとっての憧れだった

ウェリントンを離れ、いくつかの街を転々とした後、わたしはカイコウラという町のバックパッカーズに滞在しました。

そこでも日本のアニメが大好きなフランス人の男の子と出会いました。

アニメの話になったので、

「ちゃんと見ているのは、ほぼ『ワンピース』くらいかな」

と伝えました。

このころにはもう、他の場所でも何度も同じような反応をされていたので

「たぶんまた怒られるだろうな」

と少し思っていました(笑)

案の定、かなり驚かれました。

そして彼は

「日本語がわかるのにひとつのアニメしか見ないなんて、ビュッフェに行って一種類のパンしか食べないくらいもったいないよ」

というようなことを言いました。

日本人向けに言い換えるなら

「食べ放題に来たのに白ごはんだけ食べて帰るくらいもったいない」

といったところでしょうか(笑)

言われてみれば、たしかにそうなのかもしれません。

日本にはたくさんのアニメがあります。

そして、わたしはそのほとんどを日本語のまま見ることができます。

字幕も必要なければ、翻訳されたセリフを通して作品を見る必要もありません。

作品が作られた言葉のまま、声のニュアンスや言葉遊びまで楽しむことができます。

でもそれまでのわたしは、そんなことを一度も特別だと思ったことがありませんでした。

さらに彼に

「秋葉原にも行ったことがない」

と伝えると

「もう俺と体を替えてくれ!」

というような勢いで

「そしたら日本語がわかるし、秋葉原にもいつでも行ける。俺が欲しいものが全部手に入る!」

と熱く語り始めました(笑)

そんなに彼が欲しがっているものを、わたしはずっと持っていたのか。

日本語がわかること。

日本に住んでいること。

日本の作品をそのままの言葉で楽しめること。

行こうと思えば秋葉原にも行けること。

どれもわたしにとってはあまりにも当たり前のことでした。

だからこそ、その価値に気づいていなかったんだと思います。

そのフランス人の男の子は日本のアニメ文化が好きすぎて

「いつか日本の永住権を取りたい」

という目標すら持っていました。

海外へ出る前のわたしなら

「そんなに日本のアニメが好きなんだー」

くらいで終わっていたかもしれません。

でもいろいろな外国人と話したあとでは、少し見え方が変わっていました。

自分が海外の文化に憧れて、英語を勉強して、実際に海外まで来たように

日本の文化に強く惹かれている人たちもいる。

そして彼らが遠くから憧れているもののすぐそばに自分はずっと暮らしていた。

海外へ出たことで、今まで当たり前すぎて見えていなかった日本の面白さが少しずつ見えるようになってきました。

日本に帰国してからいろんなアニメを見るようになった

ニュージーランドでのワーキングホリデーを終えて日本へ帰ってから、わたしは少しずついろいろなアニメを見るようになりました。

以前のわたしなら自分から選ばなかったような作品にも

「一回見てみようかな」

と思えるようになったんです。

たとえば『ゆるキャン△』

わたしはもともとキャンプが好きだったのですが『ゆるキャン△』を見ることで、それまで知らなかったキャンプの楽しみ方や道具、過ごし方を知ることができました。

以前ならゆるきゃん△のような、かわいらしいキャラクターが出てくるアニメを見かけても

「自分が見るジャンルではないな」

と、そのまま通り過ぎていたと思います。

でも実際に見てみると、作品の中には自分が興味を持っているものがたくさんありました。

そして『カウボーイビバップ』にも出会いました。

今では『攻殻機動隊』と並ぶくらい好きなアニメです。

「こんな作品が昔からあったのに、今まで知らなかったんだ」

と思いました。

最近では海外で知り合った人に勧められた『ヤニネコ』という作品も見るようになりました。

わたしは何でもきっちりやろうとしたり、少しせっかちになったりしすぎて、たまに1人で勝手に苦しくなることがあります。

そんな自分にとって、肩の力が抜けた登場人物たちを見ていると

「まあこんな感じでもいいのか」

と思える瞬間があります。

もちろんアニメを見たから人生が大きく変わったという話ではありません。

でも、キャンプの新しい楽しみ方を知ったり、好きな世界観の作品に出会ったり、自分の考え方を少し緩めてもらったり。

見なければ知らなかったものを少しずつ知るようになりました。

そして今では秋葉原にも一度ちゃんと行ってみたいと思っています。

海外へ行く前のわたしが今の自分を見たら、たぶんかなり驚くと思います。

まさか海外へ出たことがきっかけで、日本に帰ってからアニメを見るようになるとは自分でもまったく想像していませんでした。

まとめ

わたしは海外の文化、とくに英語圏の文化に惹かれて、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドへワーキングホリデーに行きました。

でも海外へ出たことで新しく知ったもののひとつが意外にも日本のアニメでした。

「日本のアニメはアート」

「日本語がわかるのに見ないなんてもったいない」

旅で出会った外国人たちの言葉を通して、それまで当たり前すぎて見えてなかった日本のおもしろさに気づきました。

世界を広げるのは遠くへ行くことだけではないのかもしれません。

ずっと身近にあったものも、誰かの視点を借りて見直してみると新しい世界に変わることがあるんだとおもいます。

わたしにとっては、そのひとつが日本のアニメでした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回のように、知らなかった文化や考え方に触れることでそれまで見えていなかった世界が見えてくることがあると考えています。

わたし自身も英語やワーホリ、洋楽などを通してそんな経験を何度もしてきました。

このブログを書いているのも、読んでくださった方の世界が少しでも広がるようなきっかけを届けられたらと思っているからです。

「なぜこのブログを書いているのか」については、こちらの記事で詳しくお話ししています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました